T-33A ジェット練習機のレストアとカットモデル化

▼部品・・・・分解、クリーニング、塗装、再組立て。透明アクリルカバー製作、操縦桿グリップ製作、ヘッドレストなど張替

▼シートの取り外し・レストア・・・・分解、クリーニング、塗装、再組立て---シート1脚は機外展示予定

●展示をする場合、機体の状態は内装関係に手が入れられていないこと、展示品としてはもう少しアイデアが凝らしてあってよいのではと言ったところかと思われました。
そこで、準備時間が2か月くらいしか見込めないことと、費用的な制約もあり、次の点に絞って実行することにしました。

・技術展示品の製作力を展示
・自動車展示技法の取入れ
・2か月内に準備完了する
・最小限の工数で最大効果を

出展準備作業

▼キャノピーの取り外し‐‐ヒンジ部が錆で固着

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■配管のカラーコードなど

機体各部には配管のカラーコード表が貼ってあります。配管の中を通る気体や液体を把握でき、間違って接続しないための親切なガイドです。 緑=酸素系統、赤=燃料系統、空色と黄色=油圧系統・・・という具合に区別され、配管にデカールで表示されます。

▲無線機ベイの冷却気取り入れ口。NACAサブマージタイプで、鋳物で一体化されています。左右のリップ付

▲キャノピー後ろには、胴体タンク(JP-4A 95 U.S GAL.)のフィラーがついています。

右側緑色の2段の筒状のものがブレーキマスターシリンダー(左右のフットペダルに1セットづつ)、上方の銀色の筒がブレーキフルードのリザーバー、左側写真の筒は前脚昇降用の作動筒です。作動筒は脚の上下と共に回転するので、スリップジョイントには優秀なOリングが使われています。油圧系統はいづれも黄色/青の表示の配管がされています。作動油圧は1000PSI(約70kg/cm2)、オイルは
MIL-H-5606Aとなっています。 近くには、橙/灰色のピトー(機首下側)系配管が通っています。取り付けられているジンクロ塗装の壁はコクピット前方の主要構造、前方与圧隔壁です。

キャノピー後方は、胴体燃料タンク(JP-4A 95U.S..GAL.)のフィラーがあり、別部品のフェアリングパネルで覆われています。

主翼前縁付け根は、バフェットを発生したために、失速特性の緩やかな半径の大きい前縁外板を約60cmにわたって付加していると解説されていますが、断面で見るとその取って付けた様子がよく分かります(右は浜松広報館の機体、赤い部分)。

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■W2へ搬入時の状--作業ができる架台の製作と各部の調査

  ●国際航空宇宙産業展に出展するまで
                               
            ■外板を剥いてみると・・・・
                                     



会社に搬入して色々と調べてみたところ、同時期のプロペラ機と基本的には同じ構造のようですが、厚い押し出し型材をたっぷり使った主翼桁、厚い外板、スポット溶接など生産性への考えがはっきりしていると思われます。さらに、プレッシャーキャビン、その構造と接着剤、シーラントや合成ゴムなどの材料、射出座席、エアサイクル空調、一体成型キャノピー、Oリングなどに、アメリカの層の厚い、基礎・基準・科学技術、企画類が活用されている様を見ると、当時の日本との技術基盤の差を強く感じてしまいます。
カットモデル化するにあたっては、海外の航空機カットモデルに見られるような、リベットを切ってただ外板を剥がしただけのものではなく、基本的に外板はリベットで打たれたままに残し、フレームの間の外板をくり抜くという、手間のかかる方針にしました。カット外周の各フレームの上にはリベットが打たれたわずかな幅の外板が残ることになります。このようにすると、外板とフレームの合わせ方・留め方、外板の厚さなどが非常に分かりやすくなり、構造を理解する助けになると同時に、外観にもメリハリが付いてくると思います。

主翼付け根部は、エアブレーキや脚ドアなどが集まっているため、青・黄色の油圧配管が集中しています。

▼コクピット前方のCANTED BULKHEADと称される円きょう部の細かいリベット列。皿とりで枕頭鋲が打たれています。厚めの外板もあって、表面は平滑です。左が前方。カットホール内に見える緑色の部品は、ブレーキのマスターシリンダー(左右に1個ずつ装備)で、取り付け部が前方の与圧隔壁です。

キャノピー周り−本機のキャノピーは枠構造の前方固定風防と、大型一体式後ヒンジの可動風防で構成されています。
固定風防の中央は、積層ガラス(防弾ガラスではない)、左右は2次元Rの樹脂ガラス です。1000km/hで飛ぶ形態としては乱暴なつくりです(歪の無い平面無機ガラス、防弾ガラスの装着容易など、別な理由があります)。

▼入手前の状態:屋外で雑草に埋もれた状態でしたが、地面からはブロックで浮かせてあったこともあり、外板や構造のアルミ合金には大きな錆はありませんでした。ただ、鉄系部品(ねじ類)はひどく錆ており、殆ど交換となりました。

無線機ベイのアクセスドアは、内外2枚のパネルがスポット溶接された剛性の高い構造です。当時のアルミ用スッポット溶接では平滑な外板面が得られなかったようで、外表面にかなりの凹みが出ています。

コクピットは与圧構造になっており、この区画の外板(.040tを主用)は化成処理、ジンクロ塗装後打鋲され、周囲がシーラントで丁寧にフィレットシールされています。シーランの接着強度はかなりのもので、リベットを揉み落としても簡単にははがれません。外板内側には1”厚のグラスウール/シートの断熱・防音材が貼り込まれています。
このあたりの材料は、当時の日本の高高度研究機には殆ど入手できなかったものでしょう。

スイッチ、レオスタットなどの電装品は各パネルに固定され、機体側にクランプ固定されたハーネスと小ねじで結合された後、機体側の枠部に取付られます。
自動車配線に見られるようなコネクター類は一切使われず、固定は全て端子に−頭の小ねじで行われており、作業は大変で信頼性も低かったと思われます。
このハーネスをCADの無い時代に設計製作したのは、非常に大変だったでしょう。機内の組付けもさらに大変だったのではないかと思われます。

ノーズキアアップロックラッチメカニズム(前方より)。これで前脚オレオをくわえ込んでオーバーセンターさせ、激しい−Gがかかっても脚が飛び出さないようになっています。
左右に扇型のリンクがつき、脚ドアを駆動します。グレイの支柱は架台の前方支柱です。

400サイクルを発生するインバーターが2基残っていました。ジャイロシンコンパスなどの計器類を駆動する電源ではないかと思われます。

無線機/ガンベイは、左右の大型ガルウイングドアでアクセス性が優れています。ベイの床下に機銃4門のスペースがあります(練習機のT-33Aではバラストウエイト)。機銃はスタッガードにマウントされます 

▲左右一体構造の主翼は、胴体付け根から切り取られていました。押し出し型材の前後桁、翼外板のT字型ストリンガー、厚いウエブなどによる頑丈な翼胴結合部が分かります。桁間は,主脚、燃料タンクのスペースとなっており、下面外板は全周がスクリュー止めになっているようです。胴体断面を後方から見ると、左右2本のエアダクトがコクピットを避け、主翼をまたぐように上に昇ってきていることがわかります。ダクトはこの後ろ1mほどのところで1本に合流します。
胴体・翼下面には、スピードブレーキと主脚ドアが付きます。

▼エアインテークのスプリッター裏へ吸い込まれた境界層流の"さめのエラ型"排出口。左が下面、右が上面用です。

▼エアインテーク(左)を機首側から見る。半円形のダクトに主流を効率的に取り込むため、コクピット側面外板から 60mmほど離して境界層の分離板(スプリッター)をつけ、胴体に沿った境界層流を取り込んでダイバータで分離、上下に排出する構造になっています。

▲前方固定風防。バックミラーがついています。自転車のハンドルのように見えるバーは、デミスターです。透過部材料は中央がガラス、左右は樹脂で、色が違って見えます。

▲左側コンソールはスロットルなどエンジン関係、中央ペデスタルは無線機類です。 赤く塗られたシルは文字通り踏みつけられて表面がガサガサになっています。

●航空宇宙産業展出展 2014年10月2〜4日 at Big Sight

機首には酸素ビン(黄色)と、ADF(?)のループアンテナが装着されています。ループアンテナ部には、8-10mm厚のFRPカバー(黒色、コンダクティブコーティング?)が取り付けられます。50年前のFRPとしては、非常に均質かつ厚みも一定で、優秀な部品です。 機種の断面は楕円形で、同社のP-38 を思わせます(P-38は、アンテナの付いているあたり(機首上側)が銃口になります)。

出展を終えて: 展示で得られたお客様の声は大きく、今後の取り組みの参考になりました。

●「こんなものを出してもらってはねえ・・」と真顔で言った航空部品経営者がいました。またさる航空誌ではわざわざ写真に入らないアングルをお探しになったと噂されていました。航空宇宙業界は、一段と専門的学術的で、シリアスな人間の集まりという感覚と自信が漂います。
●他の講演会から回ってこられた自動車業界などお客様は好奇心が強く、色々なものを見て触って取り入れようとする、産業界の違いを感じさせる”生存力”がありました。

●この機体は今後(計画段階ですが)、展示機としてお目見えすることになるかもしれません。
この機体がW2 に搬入されてからはや8年になります。会社の中で眠っているより、少しでも多くの方々の目に触れる方が幸せではないか、技術遺産の活用ではないかという感覚で、このお話を進めることとなりました。


・・・という訳で、本機のレストアはここで一区切りとさせていただき、このタイムスリップ記事も〆とさせていただくことになりました。ありがとうございました<森田 忠>。

コクピット-後席横あたりの外板をカットした直後。フレームが密に配置されています。更に切り進むと、サイドコンソールの裏側が見えてきます。

DETAIL-1

DETAIL-2
 

(上)前方隔壁は与圧隔壁で、厚板と型材のスティフナを多用した頑丈なものです。貫通するパイピングやハーネス(コネクタ)は、シーラントで厳重にシールされています。

平成20年1月の状態

外板カットがほとんどできた状態。視覚的なバランスもあって、エアインテークリップ部、無線機ベイドアもカットすることにしました。
▲T-33Aのようにふっくらとした側面形状を持つ機体は、現在ではまったく見当たりません。

▼ラバーパッドのついたラダーペダル(左)

JETTISON HANDLE
不時着などの緊急救出時の外部キャノピー射出用ハンドル。救助者がハンドルを9フィート引くと、火薬に点火してキャノピーが射出され、その後パイロットを救出します。斧でガラスを叩き割る指示もあったように思います。

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F-80

機首部は同社の双発戦闘機P-38と同じような楕円形断面に作られています。先端上部はループアンテナのFRPカバー、下部色違い外板部はマグネシウム製?で、4門の機銃の銃口(板で塞いであります)があります。

一応基本的なカットはできたので、左舷側外板の磨きだし、右外板のグレイ塗装、プラカード類制作貼り付けまでが終了し、今後、内部・機器のレストアに取りかかる予定となりました。
アロジン処理、ウオッシュプライマなど、航空機の標準的な防錆処理は設備面から実現できませんでしたが、外板はエポキシプライマMIL-P-23377Aを塗布後、ウレタン塗料グレイを塗装、左舷内部の円きょうフレームなどはジンクロメートプライマ(黄色と緑)塗装とし、屋内用途では十分と思われます。

T-33A ジェット練習機
T-33Aの機首前胴部分が入手出来ました。日本の大戦機(海軍機)のレストアを希望して来ましたが、国が違っても同じ時期(二次大戦中)に設計製作された第1世代のジェット機ということで、構造や材料を当時の日本の技術・状況と比べて見るという観点からは、非常に興味深いものです。
設計は米国ロッキ−ド社,1944年1月に初飛行したXP-80が原型で、その後P-80A戦闘機となT-33A練習機へと発展したことはご存知の通りです。本機は川崎重工業でライセンス生産された機体です。                     

高速道を乗り継いで、一路東京へ。2006年

エンジンは遠心式圧縮機の、アリソンJ33-A-35推力2087Kg が使われています。
(浜松広報館のカットエンジン。右が前方)

ここまで社内でレストアを進めてきたT-33A に、突然の転機が訪れます。
航空機カットモデル製作の会社・技術を展示するために、平成25年度の航空宇宙産業展に自社出展しようという方針が立てられたのでした。

キャノピーはパイロットが射出座席で脱出する前に、中央ストラット基部に入った火薬で射出できるようになっています。最悪、射出座席のフレームでスルーキャノピーもできるかもしれません?
また不時着して、パイロットが気絶しているような場合は、救助の人間が前胴右舷外側のハッチを開け、ワイヤーを9ft引くことによって、火薬で吹き飛ばすこともできます。

電動の可動風防は、与圧された胴体の開閉できるふたに当たる部分で、差圧に耐えられるように半円断面とし、頑丈なフレームに多数のスクリューを使って固定されています。
キャノピーは、コクピットのサイドシルにある8箇所の引き込み式ラッチで強力に固定されます。

▼機体各部の塗装・・・塗膜剥離・水洗・修正・ジンクロプライマ塗布

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T-33Aの前身は、(米)LOCKEED F-80 Shooting STAR JET戦闘機(単座)です。  1945年2月に配属されましたが、戦闘機としては太平洋戦争には間に合わず、5年後に起こった朝鮮戦争では、MIG-15, F-86 SABRE(後退翼機)の出現で旧式化という不運でした。
その後新しいジェット戦闘機時代の代表的練習機として生まれ変わりました(1949年)。 F-80戦闘機を、タンデム配置の複式操縦系統を持つ練習機とするために、キャノピー中央部近くの胴体に26.5”の延長プラグが挿入されています。
T-33Aは米国で5691機、カナダで656機、日本の川崎で210機の合計6557機が生産されたといわれています。
CGで、この延長部を取り除いてみると、当時の戦闘機らしいサイドビューになってきます。

■外板のカット

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DETAIL-3

計器盤は一通りの計器が揃っている良好なコンディションです(右写真上は前席、下は後席)。コクピットの幅も広く、前方視界は自動車のように、”普通”に見えます。星型エンジンの尾輪式機体に座ったときのような、天を仰ぐような感じはありません。 後席計器盤はT&Bと高度計がついていません。